小学校でのプログラミングが必修となって1年が過ぎました。コロナ禍において、学校現場は、感染拡大防止と授業の遂行が同時に求められる、とても難しい舵取りに迫られた1年であったかと思います。通常の科目ですら完全な実施が困難な状況で、新たに加わったプログラミングの授業にあたられた先生方には、本当に頭が下がる思いです。

 LINEみらい財団が実施したオンラインによる出前授業の様子を、何度かネット越しに拝見しました。また、LINE entryの教材開発に関わっていただいた先生方から、実際のプログラミングの授業の様子を動画で見せていただいたりもしました。子どもたちはみな一様に、コンピューターの画面の中のキャラクターの動きに歓声を上げたり、クラスメイトと相談しながらプログラミングに取り組む、そんな光景を目にすることができました。それはまさに1年前に、こうあって欲しいと思い描いていた、プログラミングの授業そのものでした。

 ギガスクール構想によって、子どもたちひとりひとりパソコンまたはタブレットが行き渡るようになったのも、またこの1年での風景でした。新しい文房具としてのICT機器を、児童・生徒が一斉に使いこなす教室の景色は、昭和、平成の時代の学校からすると、まさに隔世の感があります。

 今から31年前、1990年のことです。アメリカのカリフォルニア大学ロサンゼルス校で「マルチメディアに関する円卓会議」というものが開かれました(主催は「21世紀のためのテクノロジー会議」)。当時のアップルコンピュータ社のCEOだったジョン・スカリー氏やMITメディアラボの創設者のひとりであるニコラス・ネグロポンテ氏など、錚々たるメンバーがその会議にパネリストとして参加しました。その時代のテクノロジー、リベラルアーツの世界を代表する、今や「偉人」と呼ばれる人ばかりです。
 全部で8つのセッションが開かれ、そのひとつに「教育」をテーマとするものがありました。マルチメディアテクノロジーによる教育の未来を議論するこのセッションに、最初のスピーカーとして登壇したのがアラン・ケイ氏でした。
 アラン・ケイは、パーソナルコンピューターの父と呼ばれ、ダイナブック構想を提唱したことで知られています。コンピューターリテラシーという言葉も彼が使い始めたもので、まさにコンピューター業界の偉人中の偉人です。
 発言時間わずか7分の冒頭、アラン・ケイは7つのことを話すと宣言し、その2番目に「テクノロジーが教育にとってさほど役に立たないとわかった」と切り出します。教育ジャンルにおけるテクノロジーの活用をどうするか議論する場において、そして、その研究を先進的に行なってきたアラン・ケイがそう発言したのですから、聴衆は戸惑いを隠せなかったのは言うまでもありません。が、彼は音楽教室には必ず置かれているピアノの例を持ち出して、次のように語ります。

「教室にピアノを置いても音楽家を育てることにはならない。音楽はピアノの中にあるわけではない。ピアノは、せいぜい人の中にある音楽的感性を助長するものであるにすぎない」(『マルチメディア』浜野保樹 訳・岩波書店)


 パソコン、タブレットが子どもたちに行き渡った今、アラン・ケイのこの言葉を、私たちは思い出す必要があります。ピアノをICT端末に、音楽的感性をプログラミング的思考に置き換えれば、彼が31年前に語ったことは、今のプログラミング教育の課題そのものではないかと思います。
 アラン・ケイはこのあと、楽器の魅力を引き出すには「学習カリキュラムがあってはじめて可能となる」と続けます。ちなみに、1990年には、スマートフォンもWi-Fiはもちろん、Windowsすら存在しませんでした。教育に必要とされる根本的なものは、なんら変わっていないのです。

<著者プロフ>
福岡俊弘  LINEみらい財団/デジタルハリウッド大学教授
1957年生。「週刊アスキー」編集長、総編集長を経て、2017年よりプログラミング教育に携わる。
2020年4月からLINE entry教材編集チームに参加。


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